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アドバイザー便り

キルギス

【憧れを抱いて】
いつの頃からであったでしょうか、シルクロードに強い憧れを抱き始めたのは。すでに何年も前になりますが、あの美しい音楽、ナレーションと共にテレビに放映された長編記録映像は私達に強い印象を与えました。シルクロードの歴史は我が国の歴史、文化にも大きな影響を与えてきたことを知ると、ぜひ直接この歴史に飛び込んで肌で感じてみたいと永年思い続けてきました。
歴史を辿れば、1世紀頃のユーラシア大陸は、西からローマ帝国などの大国が支配してきていて比較的安定した交易が行われ始め、東からは絹、香料、宝石など、また西からはガラス工芸品、青銅、金、オリーブ油などがもたらされ、中央アジアではイラン系のソグド商人が活躍して、シルクロードと呼ばれる交易の道の基礎が築かれました。
シルクロードの東の拠点、中国の西安には私達夫婦は既に旅行していて、また西の拠点といわれるトルコのイスタンブールには、ロングステイの経験もあって、今回は、その中央部分の中央アジア4カ国を旅することにしました。

【旅の初めはキルギスから】
2018年9月4日、台風21号が本州に急接近するなか、成田空港を大急ぎ離陸したウズベキスタン航空は、タシケントを経由乗り継ぎしてキルギスの首都ビシュケクに到着し、私達の旅はここから始まりました。
バスでビシュケクから中央アジアの真珠と称されるイシク・クル湖へ向かう途中、まず  アク・ベシム遺跡に立ち寄りました。この遺跡には6世紀~12世紀の城壁が残り、7世紀には玄奘三蔵も訪れたと伝えられる仏教遺跡も発掘されていて、シルクロードの世界遺産の一部になっています。
この近くで騎馬民族の勇猛な騎馬競技を見学し、今なお伝統が引き継がれ、若者の巧みな乗馬技術に感心しました。
次いで10世紀頃カラ・ハン朝の首都であったバラサグン遺跡を訪れ、ここに残る11世紀建設のブラナの塔に登り、24mの塔上から眼下に往年の繁栄を想像してみました。
イシク・クル湖は琵琶湖の9倍の大きさがありキルギスの海ともよばれています。
ソ連時代は秘密基地になっていましたが、今ではクルーズを楽しむことが出来ました。
天山山脈の登山基地になっているカラ・コルの街には、美しい木造のロシア正教会や色鮮やかなモスクがあり多様な民族が居住している姿を見ることができます。
またこの付近の山の周辺に4000年前から描かれたと云われる岩絵が多数残っていて野外博物館になっています。 ヤギやラクダ、人間などが描かれていて興味深々です。
翌日再びビシュケクの町に戻り、町の中心アラ・トー広場、国立美術館を見学、市民の台所のオシュ・バザールでは商品の多様性に驚き、売り手も買い手もキルギス人、ウズベク人、中国人、朝鮮人など多民族で溢れていて、その活気に圧倒されました。


ウズベキスタン

ウズベキスタン


【国境を越えてカザフスタンへ】
キルギスからバスでカザフスタンのかつての首都アルマティへ。ここはシルクロードのオアシスとして栄えた街でもあります。ここでは戦勝を記念するパンフィロフ戦士公園、カザフ民族楽器博物館を見学、また国立中央博物館ではカザフスタンで発掘された化石や人骨、古墳などが展示され、この国の歴史を深く知ることができます。ここでも中央バザールで活発な商取引を見ることができました。
カザフスタンでは南部の街タラズを巡り、かつて西暦751年7月にアラブ軍と唐の軍とが激しい戦いを行い、アラブ軍が勝利を治めたタラス川の古戦場を訪ねました。またカラハーン朝時代11世紀のアイシャビビ廟をその丘で見ることができました。


【ウズベキスタンでは】
カザフスタンからバスでウズベキスタンのタシケントに戻り、空路で同国のウルゲンチに行き、キジルクム砂漠に残る古代ホレズムの都城跡を巡りました。BC1世紀~5世紀に栄えた都市遺跡トプラク・カラ、6世紀~7世紀のアヤズ・カラ、10世紀~11世紀の城壁のみが残るグルドウルサン・カラなど壮大な都城跡は地味ながら砂漠に輝きを放っています。
オアシスの街ヒヴァは世界遺産の街です。街は外壁と内壁の二重の城壁で守られ、内城には、多数のモスクやミナレット、宮殿、聖人の廟など見所は多数あります。
私達はヒヴァから一旦トルクメニスタンに出国し、四日間の観光を終えた後、再度ウズベキスタンに入国しブハラの街を観ることにしました。
ブハラも世界遺産の街ですが、この街は古く9世紀に黄金期を迎えています。旧市街には
歴代の王の居城、モスクやミナレット、神学校、廟など多数残され繁栄した当時を偲ぶに充分です。民族舞踊を鑑賞しながらの夕食となりましたが、踊り子のエキゾティックな目鼻立ちと民族衣装の美しさに魅了されました。
ティムール帝国の英雄ティムールの生まれ故郷シャフリサーブスにも訪ね、その宮殿跡、ティムールの父が眠る廟、ティムールが葬られる予定だった廟などいずれも巨大で美しく、見事なオアシス都市の華麗さに圧倒されました。
ウズベキスタンでもっとも重要なシルクロードの要衝は、サマルカンドです。BC4世紀、アレキサンドロス大王が遠征してきた時その美しさに驚嘆したと伝えられます。その繁栄は商才と技術に長けたソグド人によったことが明らかになっています。ティムール一族が眠る廟、またティムールゆかりの人々の廟が見事に並ぶ廟群、中央アジア最大のビビハニム・モスク、青に彩られた巨大な3つの神学校がとり囲むレギスタン広場、15世紀の天文学者が築いたウルグベク天文台跡、7世紀のソグド人の壁画が見事に残る博物館など、ゆっくり時間を掛けて見る必要に駆られます。またモンゴル軍によって徹底的に破壊された旧サマルカンドの街アフラシャブの丘を見ると、当時のシルクロードの賑わいを想像することは到底叶いません。
ウズベキスタンの首都、タシケントがシルクロードの中継点として最も栄えたのは11世紀ごろ、しかし今では近代的な町になって、シルクロードの痕跡を見ることは困難です。
私達は、ウズベキスタン歴史博物館で、石器時代からの歴史を学ぶことにしました。
タシケントには戦後、旧日本兵がソ連に抑留されて、ここの強制労働で築かされたナボイ劇場がありますが、これを見学して、この地で亡くなられた79名の方々の日本人墓地にお参りしました。


トルクメニスタン

トルクメニスタン


【トルクメニスタンへ】
ウズベキスタンのヒヴァから国境でバスを乗り継いで、トルクメニスタンのクフナ・ウルゲンチへ、ここはホレズム王国の都。中央アジアで最も高い14世紀のミナレットや2つの廟が見られます。カラクム砂漠の中央付近で、ソ連時代に地質調査を行つたところ落盤事故が起きて天然ガスが噴出し、事故防止のため点火したところ現在も燃え続け、地獄の門と呼ばれて観光名所になっていますが、私達はこの付近で、テントを張って一夜を過ごすことにしました。
翌日は首都のアシガバットの観光、同国が永世中立国となっている記念塔、国立博物館を見学。近郊にあるパルティア王国の初期の首都、ニサ遺跡にも足を延ばしました。
アシガバットからは空路で同国のマーリへ、世界遺産のメルヴ遺跡を訪ねました。メルヴはシルクロード最大のオアシス都市で、ペルシャと中央アジアを結ぶ要衝でしたが、1221年のモンゴルの襲来で街は完全に破壊されました。現在見られるのはBC6~4世紀の城跡とされるエルク・カラ、BC4~3世紀の遺跡とされるギャウル・カラ、それに1140年代に建てられたスルタン・サンジャールの廟は今も健在です。
ここにはさらに乙女の城を意味するキズ・カラと呼ばれる大小ふたつの大きな城跡が残っていて写真に映えます。
トルクメニスタンの観光のあとは、ウズベキスタンのブハラへ戻り、観光を続けました。

【旅を終えて】
今回の旅は中央アジアの4カ国を周遊して、シルクロードの要衝を尋ねる旅でしたが、個人旅行では極めて困難と考えたところから、旅行会社が主催する団体旅行に参加したものでした。旅行期間は18日間、同行者は男女合わせて15名でした。
この4カ国はいずれもかつてソ連の一部になっていた国々で、1991年にそれぞれ独立した経緯にあります。したがって年月は経たとはいえ、ソ連時代の影はなお色濃く残っています。交通機関、道路網の整備は極めて乏しく、また国境の警備はなお厳しく、これらが個人旅行を困難にしている理由でもあります。今なおトルクメニスタンには短期の観光ビザが必要、この入国、出国がとくに厄介、国境の緩衝地帯の距離は長く、荷物を持っての歩行はほぼ困難。数少ない乗り合いワンボックスカーに我勝ちに無理やり乗り込んでの移動には人種の違いなど全くありません。
また観光客にはとくに必要なトイレの整備は、これらいずれの国も全く無関心だと云わざるを得ない状況です。ホテルやレストランのトイレはまずまずとしても、有料トイレでも快適に使用できるものは少なく、とくに郊外の公共の無料トイレに至っては、日本人が使用できるものは皆無と考えておいた方がよいでしょう。団体の観光バスでは、しばしば路上に停車して、男女とも青空トイレを利用することになりました。道路の右側で女性、左側で男性と言う様に別けて用を足しましたが、女性の方々も、あの不潔なトイレを利用するよりは、砂漠での青空トイレははるかに爽快であったとのご意見でした。
美しく手入れされた花壇の、すぐ傍の不潔なトイレを見ると、遊牧民族にはトイレを作ってこれを清潔に維持するなどと言う発想は、昔から無かったのだと得心することにしました。
シルクロードの見所の多くは、モスク、教会、廟所など宗教的な施設が多くありますが、ソ連時代、宗教に対する弾圧が多く、その間、施設の破損が進みましたが、独立後ようやく各国がこの改修に懸命に努力している現状をみると、今後の観光行政にも大きな期待をしたいと思います。
観光誘致に関するこれら各国の関心は高まっていて、観光ビザも次第に緩和され、例えばウズベキスタンにおいては、今年2月より30日以内の観光旅行にはビザは不要となりました。タシケントやサマルカンドなど大都市なら衛生面でも問題なく、個人旅行でロングステイして充分楽しめると思います。
ソ連の秘密基地を多数かかえていたところから開放されて、ようやく華やかなシルクロードを復元する動きがある一方で、最近の中国の強烈な一帯一路の構想は、これらの国々に与える影響が心配されます。

参考までに今回の団体旅行の参加費は二人合計107万6千円でした。


カラーンモスク

ウズベキスタン広場


(登録ロングステイアドバイザー・貴島 豪)


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